あかなまの"想い出づくり"

はてなブックマークで書いたコメントの余談と補足です。

東尋坊にある電話ボックスの話

 

福井県の名勝「東尋坊」の絶景を堪能してきた - karaage. [からあげ]

東尋坊の崖からもっとも近い電話ボックスには、有志によっていつも大量の10円玉が置かれている。身投げをしに来た人たちが、最期に誰かと電話することで思い止まってもらえるように。

2018/03/09 08:39


地元の人から聞いたんだけど、最近の東尋坊はすごく安全に配慮していて、ここ数十年間は転落事故が起きてないらしい。

ただ相変わらず自殺志願者はやって来るのだとか。

東尋坊に来て、身を投げようとするのだができなくて、結局近くの林で首をくくるんだそうだ。

 

で、そういう人たちのために、ご近所の方々が電話ボックスに「最期の希望になるように」と10円玉を大量に置いておいてくれている、と。

 

その電話ボックスがこちら↓

f:id:akanama:20180619150752j:plain

f:id:akanama:20180619150801j:plain

 

…怖い。

実際中を見たらまだ使えるテレカや10円玉がたくさん置いてあった。
ちなみにその写真はない。昼でもなんとなく怖かったから。

 

夜になると悪い中学生が10円をパクりにきたりするらしい。

 

 

たいして旨くない小料理屋の女将の話

“厄介ドルヲタ”より迷惑? “シンガーソングライターおじさん”の存在が話題に - 耳マン

近所にあるたいして旨くない小料理屋は、女将にまったく愛想がない。だいたいスマホゲーやってる。ただ、とにかく若くて美人。和服。店はいつもおっさん達で満員。周囲の飲食店からの評判はすこぶる悪い。

2018/05/14 04:38


このお店の客層は概ね、常連20%、一見80%といったところ。
美人と評判の女将を見に、わざわざ遠方から訪れる客もいると聞く。

 

普段は不愛想な女将だが、常連の中でも特にハイカーストな常連が店に入ると、ごくまれに「あ、●●さんいらっしゃ~い♪」と機嫌の良い挨拶をすることがある。


カーストの低い常連達は、そういうシーンに出くわしてしまうと、露骨に嫉妬にあふれる顔で、ハイカーストな常連をチラリと見て、また黙って酒を飲む。
イカーストな常連になるには黙って都合よく店に通い続けるしかないのだ。 

 

最近、この女将は結婚したらしく、また、店でもそれを隠そうともしないため、常連の客足が減っているらしい。

 

てっきり、そういう色恋上等な店だと思っていたが、いったい何がしたいのか。

あいかわらず周辺の飲食店からの評判は、すこぶる悪い。

 

 

 

「負けの受け入れ方」と“プロフェッショナル観”の話

「勝ち方」と同じぐらい「負けの受け入れ方」が大切なんじゃないかと思ったりします。 

ホストクラブに通うのをやめた話

「お金を遣うのが絶対正義の世界」でさえ、負けるのが嫌なのか。勝ち方よりも負けの受け入れ方を学んだほうがいいと思う。

2018/06/13 12:51

  

『一発屋芸人列伝』大きく勝って、大きく負けた山田ルイ53世が、負けの中に見出した勝機 - HONZ

“「これはもう他でも話したことなので申し訳ないんですけど」といった断りがいちいち入る” / 「負けの受け入れ方」は「勝ち方」と同じぐらい大切だと思う。

2018/06/11 12:21

 こんな風に考えるようになった”きっかけの話”。

 

吉田秀彦vsホイス・グレイシー

柔道金メダリストの吉田秀彦が、格闘家としてプロデビューしたとき、

その対戦相手は超大物格闘家ホイス・グレイシーだった。

金メダリストが、あのホイスと戦う。

体重差はあるものの、ホイスはMMAのレジェンド。吉田はいったいどこまでやれるのか。

固唾を飲んで試合を見守ったわけですよ。

 

で、どうなったか。

結論からいうと、吉田は「地味に強かった」。

試合としてはあまり盛り上がらないまま、吉田は割とあっさりと袖車で勝った。

 

それを受けて、その時の解説の誰かだったか、後のスポーツ記事だったかで

「吉田のアマチュアとして強さ、恐ろしさが見られた試合だった」

という趣旨のことを言っていて、それがとっても印象的だった。


⬛アマチュアとプロフェッショナルは何が違うのか?

マチュアは勝ち続けなければ意味がない世界だ。アマチュアの世界では勝つことが一番重要なのだ。

(だから吉田は当然強いに決まっている、というニュアンス)

 

なるほど。たしかにそうかもしれない。

じゃあ、それが本当なら、以下のようにも言い換えられるんじゃないか。

 

プロだったら勝てばいいわけではない。負けにも意味があるのがプロフェッショナル。


そう言えるのか、本当のところはよく分からない。
ただ自分としては初めて腑に落ちた「プロフェッショナル観」だった。

 

⬛負けても尚、応援してくれる人がいるのがプロフェッショナルなんじゃないか。

誰だってみんな勝ちたい。でもずーっと勝ち続けられるわけがない。
ならば負けた時こそ試されるはずだ。その人の「姿勢」が。

良き敗者たれ、とか言うしね。

そんなこんなで「負けの受け入れ方」って大事だなぁと思った次第です。


「負けの受け入れ方」を知っている人は、
「負けても尚、応援される人」であるに違いない。

 

 

 

Dynamite! [DVD]

Dynamite! [DVD]

 

 

評価の低い「はてなブログ」のアプリの話

はてなブログandroid版アプリをインストールしてみた。

評価が低くて期待しないで使ってみたんだけど、これは確かに使いづらい。

 

ブコメの引用ができないの、しんどいなー。

 

 

はてなたまご(60回分) 1箱

はてなたまご(60回分) 1箱

 

 

上野顕太郎『さよならもいわずに』の話

 

「ある日突然オタクの夫が亡くなった」3月に急逝した吉田正高さんのイラストレーターの妻が描く、その時の様子の漫画 - Togetter

心中お察しします。 / 上野顕太郎の『さよならもいわずに』は今でも時々読み返す。

2018/06/12 00:22

 

さよならもいわずに』は、漫画家・上野顕太郎氏が奥様(キホちゃん)を突然亡くした話。
私小説ならぬ私漫画です。

 

さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)

 

 

 

一説には配偶者の死は、人生で最もストレスとなる出来事らしい。

ストレスについて - 家庭の医学シリーズ - 藤元メディカルシステム

順位:1 日常の出来事: 配偶者の死  ストレス強度:100

 
作者はそんな配偶者の死を、努めて理性的に描いていく。
その丁寧さが痛ましい。
この漫画は本当に何度も繰り返して読んでしまう。

 

ある日突然、亡くなってしまった大切な人。

  • さよならもいわずに”。
  • “その日から世界は意味を失った”。
  • “なぜキホなのか、なぜあなたではなく”。

考えても仕方のないことしか、考えられない時間。

 

それでも葬儀の段取りはしなければいけないし、仕事もしないといけない。
世界が終る程に悲しい心と、いつも通りの社会生活とのギャップ。
最後の会話。最後の表情。最後の後悔。

思い出すのも辛いであろう記憶を、淡々と描き記していく。誠実に。

 

⬛"大切な人を失ったすべての人に。そして大切な人がいるすべての人に。"

だれでもいつか、大切な人と、お別れしなくてはいけない日が来る。

考えたくない現実も受け入れなければいけない。

この本を読むたびに、今の自分が一体何をすべきか、考えてしまう。

 

いつも二人でいましょう
いつも二人でいようと思ったことを忘れないでいましょう

 

大切な人といつまでもいっしょにいることはできないけれど、
その気持ちを忘れないでいることはできる。

 

そう考えると、なぜ自分がこの作品に惹かれるのか、よくわかる。
忘れないでいたい。その理性的な描写が心を打つんだろう。

 

【最新刊】さよならもいわずに | 上野顕太郎 | 無料まんが・試し読みが豊富!eBookJapan|まんが(漫画)・電子書籍をお得に買うなら、無料で読むならeBookJapan

さよならもいわずに 1巻 :無料・試し読みも! 漫画(まんが)・電子書籍のコミックシーモア|コミック KADOKAWA / エンターブレイン

※これ書いた時点で試し読みやってた。

勝手に動くswitchのコントローラー の話

 

プリキュアが「男の子だって、お姫さまになれる」に言及したのは、けっこう凄い事。 - プリキュアの数字ブログ

“人の心をしばるな!” “君のために、僕を変えることは出来ない” / そういえば、スーパーマリオオデッセイのピーチ姫はクッパに捕らわれる姫だったけど、ゼルダの伝説BotWのゼルダ姫はガノンと戦う英雄だった。

2018/06/11 00:11

 

いまnintendo switchスーパーマリオオデッセイやってるんだけど、コントローラーの調子が悪くて、時々マリオが勝手に動き出すようになってきた。

コントローラーに触ってなくても真上に進んだりする。

(だから崖っぷちにいると勝手に飛び降りることもある。スーパーマリオレミングス。)

 

無線繋ぎ直しても、補正しても変わらないので、とうとう修理に出すことを決意。

クルマだったら代車貸してもらえるけど、ゲーム機は当然代車的なものもないからね、

しばらく遊べなくなるのがツラいです。

 

だましだまし遊んでたけど、アクションゲームで思ったように動かないってのは想像以上にストレスでした。

早く帰ってこいよー。

 

 

 

 

 

男の子はお姫さまになれるのか? 「応援」と「呪い」と「祈り」の話

いろいろな立場から議論が巻き起こっている「男の子だってお姫さまになれる!」論争ですが、
あちこちにブコメを書いていて、なんとなく自分の考えがまとまってきたので、こちらに書いておきます。
 

<事前共有>

自分はプリキュアシリーズは見たことがないので、プリキュアシリーズで当然の前提とか文脈は理解できていません。
なので、解釈違いはお手数ですがご指摘お願いしたいです。
また、そういった門外漢な立場なので、プリキュアは「どうあるべき」という話ではまったくありません。
 

プリキュアから感じたスタッフの信念、のようなもの

発端となったエントリーはこちら↓

 

プリキュアが「男の子だって、お姫さまになれる」に言及したのは、けっこう凄い事。 - プリキュアの数字ブログ

“人の心をしばるな!” “君のために、僕を変えることは出来ない” / そういえば、スーパーマリオオデッセイのピーチ姫はクッパに捕らわれる姫だったけど、ゼルダの伝説BotWのゼルダ姫はガノンと戦う英雄だった。

2018/06/11 00:11

 

 “女の子の心を”とか“男の子の心を”ではなく、“人の心をしばるな!”。

しびれますね。「本人の意思を尊重せよ」というメッセージ。

 

今回のお話ではジェンダーが題材になってますが、このテーマはジェンダーに限ったことではないと思います。

 

プリキュアは別に純粋な教育番組でもないわけだから、

悪いスタッフなら「テキトーにキラキラさせておもちゃ売っちゃえー」となっても全然責められない状況で、こんな難しい、火中の栗を拾うようなテーマを作品に盛り込む、その矜持に感心しましたよ。

商売っ気抜きで、番組をみる子どもたちへの強い信念があるんだろうなーと感じました。

 
 

■「男の子だって、お姫さまになれる」は本当?

で、一方ではこういうエントリーも立ち上がりました。↓

 

「男の子だって、お姫さまになれる」が呪いにしかならない理由

あー、なるほど。お姫さまは自分で「なる」ものじゃなくて、周囲から「認められる」ことで初めて成り立つものだもんね。これはこれでよく分かる。 / “応援するって難しい”ね。

2018/06/11 02:34

 男の子だってお姫さまになれるのか?と問われれば、(本人の意思とは関係なく)ほとんどの男の子は「なれない」訳で、「なれる!」なんて言って、変に期待させるのも無責任じゃないか、というのも確かに一理あるな、とも思いました。

 

コメントしてて、この2つの見方が自分の中で両立するのは、なんでだろうと考えたわけです。

 

■「応援」と「呪い」

今回のお話、自分としては、これは“お姫さまを目指す男の子”へ、プリキュアからの「応援」と解釈しました。
そして、過去のプリキュアでは、そういう「応援することの難しさ」(≒呪い)についても触れられていたようです。 

「十分がんばっているヤツに、がんばれ言うのは酷」これを言える今年のプリキュアは、強い。 - プリキュアの数字ブログ

プリキュア見てみようかなぁ…。

2018/03/05 00:57

b.hatena.ne.jp

 

例えば松岡修造は「君ならできる!」とか言うじゃないですか。

本当にできるかわからなくても、「君ならできる!」と相手を信じて応援する。

果たしてそれは、無責任なのか。呪いなのか。

 
綺麗ごとや上辺だけで応援していたら、確かに応援が呪いになることもあるのかもしれない。
だけど、
  • 商売っ気抜きの信念が感じられるプリキュアなら
  • 世の中に「お姫さまになりたい男の子」がいることを知っているプリキュアなら
  • 応援することの難しさを解っているプリキュアなら
きっと半端な気持ちで応援しているわけではないんじゃないかな、と思い至ったわけです。
(いや、放送見てないんだけども。)
 
 

■「応援」と「祈り」

 
あと、関連してこんなことも思い出しました。
5人戦隊モノの特撮で、今までレッドを女性が務めていないのがこの国の限界 - サブカル 語る。

そういえばすっかり忘れていたけど、ひろみちお兄さんがいた頃の『おかあさんといっしょ』って「ライオンになりたい女の子 女の子になりたい男の子 いいないいな なれたらいいな」って歌でお別れするんだった。

2018/06/11 08:33

おかあさんといっしょ』では「ライオンになりたい女の子」「女の子になりたい男の子」を、「なれる!」じゃなくて「なれたらいいな」と歌っていた。
これは「応援」じゃなくて「祈り」だなと。

 

調べたらこの歌(「あ・い・うー」)が登場したのは1996年だったようですが、今から20年以上も前に、幼い子どもたちに「祈る」ことで、本人の意思を肯定していたのはさすがでしょう。

 

そして純粋な教育番組である『おかあさんといっしょ』と異なり、
ある種、玩具メーカーの販促企画の側面があるプリキュア(身も蓋もない言い方)が、
スポンサーの意向に沿いながら、このメッセージを伝えたことも、同じくらい尊いことだと思っています。