あかなまの"想い出づくり"

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明智抄『始末人シリーズ』を私が好きな理由、を想い出した

オウム真理教の人々の目指していた社会も「正義」に基づいていた…戦争や仮面ライダーの持つ「独りよがりな正義」を考える - Togetter

明智抄のマンガの『始末人』シリーズで、現代の始末人になりたての高校生、入野に先輩の白市高屋が「始末人は“正義感”でやるな、“迷いながら”やるんだ。」的なこと言ってたな。そう、迷いがない人は危ない。

2018/07/09 02:14

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明智抄の漫画『始末人シリーズ』は印象的なシーンが多くて好きだ。

恨みを晴らすために金で暗殺を請け負う「現代の始末人」の物語で、登場人物の多くが美形で奇人なのもポイントが高い。

中でも特に深く印象に残っているのが、冒頭で引用したシーンだ。

 

もう何年も読んでなかったけど、この前久しぶりに発掘して読んでみた。

(そしたら言い回しが結構違っていた。)

 

 

暗殺の依頼者とターゲット・澪との間で板挟みになる、新米始末人・入野に、先輩始末人・高屋が問う。

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「正しい事とは何だと思う?」

「真実って 見た事あるか 食ったことあるか」

 

その言葉に悩みながらターゲットを始末し、「正しいのとか まちがってるとかが よく わからない」と漏らした入野に、高屋が言う。

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「自分が一番正しいと信じて ターゲットの処理をするのは よくないと思う」と。

 

言葉の真意がわからない入野に、高屋が続ける。

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「自分のやっている事を疑いながら」生きろと。

(そして、なぜ入野が始末人にスカウトされたか、が語られる)

 

 

私はこのシーンが本当に好きだ。

 

この本を初めて読んだころ、私はなんとなく自分が世間ずれしている気がしていて、いつも周りの眼を気にして迷って、自分が決めた決断に自信が持てないでいた。

「迷うって辛いなあ」とやり場なく感じていて、いつか自信を持って決断できるようになりたいと思いながら、たぶんそれは無理なんだろうとも思っていた。

そして自分はきっと世間的に正しい道とは違う方を選び取ってしまう者だと思い込んで、自分を疑っていた。

 

そういうときにこれを読んだんだった。

そして「迷うことや自分を疑うことにも意味があるんだよ」と言ってもらえたような気がしたんだ。

 

いつか怪物になるわたしへ|おかき大明神|note

迷いながら疑いながら、生きていきたい。

2019/07/15 03:27

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…そういう訳で、なぜ私が明智抄を好きなのか、今回改めて読み返して想い出すことができたという話。

 

 

 ※このエピソードはシリーズ4作目の『暗中捜索始末人』に収録