あかなまの"想い出づくり"

はてなブックマークで書いたコメントの余談と補足と自分語り。

舞台『ヘドウィグアンドアングリーインチ』を見てきた。

田舎オタクの苦しみ。都会への嫉妬に気が狂いそうになる、そんな時もある。 - ジゴワットレポート

地の利があるので、お芝居やライブは積極的に見に行くようにしている。この前は浅草東洋館に行ってきた。ビックボーイズ師匠面白かった。

2018/10/06 17:25

b.hatena.ne.jp

 

 

首都圏にいる「地の利」を活かして『ヘドウィグアンドアングリーインチ』の舞台を見てきた。
作品のあらすじはWikipediaへ。

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ - Wikipedia

 

私はヘドウィグとは、あらゆる人に利用され、裏切られ続けてきた人の話だと思っている。それゆえ、夫のイツァークを束縛し、自分の支配下に置いてきた人の物語。

私は映画版を見てこの物語にハマり、今でもサントラをちょくちょく聴く程度に好きで、そして舞台公演があるとだいたい見に行っている。

 

日本の舞台版はこれまで、三上博史版、山本耕史版、森山未來版、本家ジョン・キャメロン・ミッチェル中村中版があって、私は三上博史版だけ見ていなくて、あとはそれぞれ1度見に行っている。

今回は新たにヘドウィグ役に浦井健治、イツァーク役に女王蜂のアヴちゃんを迎えた公演となっていて、私は特にアヴちゃんに注目していた。

  

f:id:akanama:20190902151234j:plain


そういうわけで、私は六本木、EX THEATERに行ってきた。

 

客層は『ヘドウィグ』のファンが4割、出演者のファンが6割くらいかな?
実際隣の席の人は「どんなお話だろうね?」みたいな会話もしていたので、演者さんのファンの方が多い印象。


劇が始まるまではセットの撮影OKとのアナウンスがあった。

 

以下は、『ヘドウィグ』のお話を知っている人向けの内容

 

 f:id:akanama:20190902151355j:plain

 

いろいろなエリア・人種で公演されることもあって、アレンジの幅が広い『ヘドウィグ』だけども、今回の演出はかなりオリジナルに近い感じ。

良いよ。

舞台は近未来の日本とか、余計なアレンジしてなくてとても良いよ。*1
 

楽曲もすべて日本語訳されてるので、お話と楽曲がシームレスになっていて日本版の舞台として違和感ないよ。(三上博史版も日本語訳だったそうだけど)

 

あとね、グッズで『グミベア』売ってるぞ!

 

f:id:akanama:20190902151801j:plain

 

浦井健治版ヘドウィグは落ち込むシーンがとても印象的。
序盤の露悪的で下品なヘドウィグ(褒め言葉)と中盤の独り傷心するヘドウィグが、1人の人間の両面性としてきちん対比して見えて、ヘドウィグがどんな過去と想い出を経て今に至るのか、よくわかった。

 

そしてアヴちゃん版イツァークはやっぱり歌が上手い!
楽曲シーンでは高いパートも低いパートも華麗に歌い切り、ヘドウィグを引き立てるはずのコーラスでありながらも、隠しきれない存在感がまさにイツァーク、という感じだった。

 

全体を通してよかったよ、ほんとに。今まで見たヘドウィグの舞台の中で一番「舞台としてのパッケージ」が整っているように感じた。

 

ただ唯一、自分が少し引っ掛かってしまったのは、最後のシーン。

 

私がヘドウィグの物語で好きなところは以下の3点。

  • 辛い過去を自分で赦して手放すところ
  • たとえ奪われても与え続ける選択をするところ
  • そうすることでヘドウィグもイツァークも解放され自由になるところ

 

そういう観点で見ると最後のMidnight Radioのシーンは、

  • ヘドウィグは過去を赦してイツァークを自由にできたのか
  • イツァークに本来の自分を解放できる歓びがあったのか

が、あまり印象的に感じられず、そこだけちょっとしょんぼり。

 

特にイツァークの再登場シーンは、普通の「お色直し」とは違うのだから、ヘドウィグとイツァーク両方に「鬱屈した今を打開した感」がもっと感じられると、より最高だったなぁ。

 

ともあれ、音楽はカッコよく、お芝居は上手く、ステージは美しい、大変よいヘドウィグを見させてもらいました。

 

“Spinning to your Rock & Roll !!”

 

 

 

 

Hedwig And The Angry Inch (Original Cast Recording)

Hedwig And The Angry Inch (Original Cast Recording)

 

 

*1:大根仁のアレンジは作品が踏み台にされているようで、私は好きじゃなかった